140字の外

140字に収まらないもの置き場です。始まりは天保十二年のシェイクスピア。

冬のライオン

冬のライオン、感想まとめです。

 

プレイハウスは夏のフェイクスピアぶり。やっぱり良席率の高いプレイハウス、基本的にどこに座っても作品を楽しみやすいのが大好きです。2階から観ても1階後方ブロックから観ても前方ブロックから観ても違う楽しみがある。初回は2階席から観たのだけど2階席からの見え方もすごく好きだった。

毎度のことながら予習怠惰人間なのであんまり今回も予習はせずに向かいました。カタカナ苦手人間でもあるので、役の名前だけざっくり頭に入れて劇場へ。そう、でも7人だと割と何とかなる。土地の名前は何とかならないだろうなと思ったのでまあそこは諦めて着席しました。

 

 

初日2月26日。

初回はもう、全てが初めて浴びる言葉なので、完全にヘンリーとエレノアの言葉に騙されっぱなしで正直めちゃくちゃ楽しかった。私は分からないものに身を委ねてぶんぶん振り回される訳わからなさが大好きなので、「う〜〜わ〜〜この人達何考えてるのかぜんっっぜん分かんな〜〜〜い!」ってにこにこしながら観てました。次々に流れ込んでくる言葉を脳に流し込むだけで精一杯の初日、その上それが嘘だらけの言葉なので、終演後は脳の疲労がすごかった。あぁ、すごい、浴びてるな……と思いながらものすごく集中して次々に飛んでくる言葉を聴いていた。

皆の嘘を一旦素直に飲み込んで、始まりから終わりまで振り回される続ける初回、最高に楽しかったですね。ヘンリーとエレノアは終始嘘に嘘に嘘に嘘を重ねているし、息子達も親ほどではないけれどいくつか層があるので、特に初回は頭がジェットコースターのよう。息子達やアレーがそれに振り回されるように、いや慣れていない分それ以上に、あの夫婦に翻弄されっぱなしの2時間半。とは言え振り回しているあの二人も、お互いに振り回され、相手を騙すための自分自身の芝居にいつの間にか振り回されていたりもしそうで、何だかんだ全員見ていて滑稽なのが最高に楽しい。リチャードの「喉が渇いた時に水が欲しいと言えない」はまさにあの二人という感じで(その場は上手くかわすけどあれは図星でしょうエレノア)、似た者同士の天邪鬼のミルフィーユ夫婦と、それに生まれてこの方振り回され続けている、それぞれ何かに飢えている息子達、その家族のゴタゴタに全て巻き込まれるアレー、巻き込まれつつも外野から楽しんでいるフィリップ。7人どこを見ても面白くて、あ〜目が7つ欲しい〜〜増えて〜〜と毎回思いながら見ていた。

冬のライオン、全体的なストーリーを捉えるというよりは、それぞれの人、そして人と人を見る話なのかなと思ったので、話の流れとかはあまり考えず、ただただ7人それぞれと、その間にあるものを見つめていたのだけれど、個人的にはそれが最高に楽しかったです。ということで、以下、7人についての観察記録と考察と想像です。順番は思いついたままに。

 

 

ジョン!🐶

多分一幕観た人は一旦みんなジョン!って叫びたくなると思う。私は初日の幕間叫びたくて仕方なかった。ジョン!二回目以降はジェフリーと一緒にジョン!って言いたくなる。愛されキャラジョン。多分観客みんなジョンのこと好きだと思う。ジョン!

三兄弟の中で唯一ヘンリーの愛情を得られた末弟。しかし何もできない末弟。アレーからあんなんとは結婚したくないと陰で振られている末弟。何だかんだ全員から舐められ馬鹿にされ、でも何だかんだ良くも悪くも「しょうがないなこいつは」というポジションには置かれていそうなジョン。

母性が受容で父性が承認だとすれば、ジョンは全員からその存在を受容されながらも、誰からの承認も得られなかったんだろうなと思う。でも、そのジョンが愛されているのは一番才能や資質を重視しそうな位置にある王・ヘンリーから、というのが面白い。

唯一父親の愛情を当たり前に得て、それを当たり前に信じられているジョン。三兄弟の中で愛に飢えていないのはジョンだけだと思うけれど、一方でその上に何も築けていないのもジョンだけなんだろう。戦もできて容姿も良い王位継承者として申し分ない長男リチャード、何も与えられていない分自分がどう立ち回るべきか自分で全て考え図ることができる次男ジェフリー。それぞれその仮面の下で親の愛を渇望する哀れな兄二人も、ジョンからしたら才能の塊でしかない。二人の兄はジョンには手にすることのできない色んなものを持っている。ジョンは根底の愛は足りていても、何も持っていないし、何も自ら手にすることができない。何か持てるとすればそれは貰ったものだけ。だからこそ父にねだるしジェフリーに(偉そうに)縋る。

自ら何かを手にすることができない、与えられたものしか持てないジョン。そして、(自分で身につけられるものを)持つことをそもそも期待すらされていないジョン。ジェフリーが「ポチ!」のごとく「ジョン!」と呼ぶように、あの家族にとってジョンはペットみたいなものなんだろう。何もできなくてもいていい。何も持たなくてもいていい。何をしてもしなくても愛される(by父)。それは最大の受容であり、最大の存在肯定でもある。何を積み上げても父の愛を得られないリチャード、「そこにいる」ことすら認識されないジェフリーが、一番欲しているものをジョンは全て手にしている。けれどそれ以外は、何もない。何かをすること、何かをできることを誰からも認められないし、そもそも求められない。

愛で比較をするのであれば、親の愛を受けその愛を信じられ甘え駄々をこねられるジョンはまだ恵まれている、と捉えられるのかもしれない。けれど、愛の土台があればこそ、その上に何も乗せるものがない、という虚しさもまたその土台が欠けているのと同じぐらいの苦痛なのではないだろうか、とも思う。ジョンは確かに愛されている。ただ、パンフレットで犬山さんが書かれていたように、あの家族が皆「愛を欲し合って叫び合っている」のだとすれば、ジョンが欲しているのは、何もできなくても与えられる愛ではなく、何かできることを期待される愛だったのかもしれないな、と思う。

 

 

ヘンリー🦁

ジョンの話をしたらヘンリーの話がしたくなる。この家族の愛情はぐるぐる回っている。じゃんけんみたいなパワーバランス。その場にいる全ての人間を言葉で芝居で巧みに操り翻弄する、そして国で1番の権力を持つ王、まさに最強のポジション、全てを持つ男ヘンリー。その彼の最大の弱点が、何も持てない、あの家族の中では最弱の立場にあるジョンというのが面白くて好きだ。

昔何故じゃんけんで固くて重い、最も強そうな岩が、最も弱そうな紙に負けるのかと不思議に思っていたけれど、ジョンとヘンリーはまさにそれだ。戦の才能も土地も頭脳も何ひとつ持っていないジョンが、全てを持った頂点ヘンリーの弱みになる。ヘンリーはジョンに弱い。何故岩が紙に負けるのか?それは、勝負は決して力の強さのみで決まるものではないからなのかもしれない。

ヘンリーのことは、正直全然わからない。エレノアに対してもそれは同じで、私は何度観てもあの二人の心理なんて到底理解できないだろうと思う。出逢って愛し合ったのも束の間、間に女と男と子どもと領土とを挟んで何十年も相手の腹の内を探り騙し合いを続け、周りの全てを巻き込んで戦いを仕掛けあってきた二人。あの二人の中にあるものも、間にあるものも、今の私には想像もつかない。規模も年数も大きすぎて、積み重ねてきた層が分厚すぎて、正直見当すらつかない。なので、分からないまま彼を考えてみる。

ヘンリーはとにかく頭が良いし芝居が上手い。計画的に勝つための道を敷いていく策士としての賢さ、その場で優勢に立つための言葉を相手に次々と放り投げていく頭の回転の速さ。ヘンリー自身も言うように、彼の才はオールマイティである。戦の才があるリチャードや先を読めるジェフリー、瞬発的な頭の良さを持つフィリップ、恐ろしく粘り強く隙を狙い続けるエレノアなど、その一部に特化した才能を持つ人間達はいても、彼のように満遍なく全てを兼ね備えた人間はいない。

味方であるアレーを平気で欺けるぐらいには、嘘を本当に見せてしまう。彼の中でもその瞬間それが真実なのではないかと思うぐらいには。エレノアとは良い勝負なのだろうけれど、少なくとも息子達よりは何百枚も上手だ。そりゃそうだ、何十年もあのエレノアとやり合ってきているのだから、息子達の謀略など大体はお見通しなんだろう。どこまでがヘンリーの筋書き通りでどこからが即興なのか分からないけれど、基本的にはあの家族達も観ている観客も、あの空間にいる全ての人間はヘンリーの掌の上で転がされているような気がする(そして転がされるのが楽しい)。

ただ、一方でその芝居に一番騙されているのはヘンリー自身なんだろうな、とも思う。他人を騙すための嘘も重ね過ぎれば自分を騙すことになるし、多分自分を騙せるぐらいの嘘じゃなければあそこまで人も欺けない。嘘の嘘は真実だし、本音も嘘にしてしまえば嘘になるし、嘘も自分に刻み続ければ本当にひっくり返る。芝居上手なヘンリーとエレノア、あの二人の嘘は周りを振り回しているようで、一番それに振り回されごっちゃごちゃになっているのはあの二人なのではないだろうか、と思う。そもそも人間の気持ちなど内側にしか存在しないのだから、嘘と本当の境目なんてはっきりしたものじゃない。「分かっている大人」の顔をしたあの二人だって、実際のところ自分が何を考えて何を欲しているのかなんて分かっていないのではないだろうか。分からないままに、相手のことも自分のことも分かったような顔をして、あの二人は芝居をし続けている。

 

いつも何層もの嘘で素顔を覆うヘンリーが、分かりやすく動揺するのは、ジョンが自分を裏切ろうとしていたと知った時、エレノアが父と寝ていたと知った時、そしてアレーに子ども達を永遠に地下牢に幽閉しろと迫られた時、だろうか。

唯一息子として愛していた(愛せていた)ジョン、何故ヘンリーがあんなダメダメなジョンをあそこまで可愛がっていて、王の座に就けようとまで思うのか正直全然分からないけれど、まぁ親の愛なんてそんなものか、とも思う。ヘンリーはジョンが理由もなく可愛いのだ。いくらバカで出来損ないで何にも持っていなくても、唯一自分の作品(=息子)であるジョンがきっとかわいくて仕方ないのだ。自分の息子達が王座を奪い取ってでも狙わないのであればそれは腰抜けだ、狙ってこそ俺の息子だ、みたいなことを彼は言うけれど、それでもいざジョンが自分に刃を向けようとしていたのだと知れば傷付く。分かりやすく動揺する。なぜ俺のことを信じてくれなかったのだ、と詰め寄る。ヘンリーの可愛いところだなぁと思う。

エレノアを父に寝取られたと数年越しに知らされジタバタ悔しがる姿も見ていて面白い。あそこはエレノア同様にんまりしてしまう。果たしてそれが真実なのか嘘なのかはエレノアのみぞ知る、という感じだけれど、あなたに抱かれながらあなたの父を浮かべていた、というエレノアの一撃必殺のような言葉は、あらゆる才があり女にもモテる自負があるヘンリーだからこそあそこまで刺さるのだろうな、と思う。何もかも持っているからこそきっと彼のプライドはエベレスト並みに高い。何もかもの頂点にいると思い、我が物顔で抱いていた女が、実は父に抱かれていた女で、自分は父の代替品だったと数年越しに知らされる屈辱。エレノアは本当に手持ちの札を使うタイミングが最高に上手い。

そして、アレーに息子達を永久に閉じ込めろと迫られた時。あの可能性をアレーに言われるまで気付かなかったヘンリーは、どこか間抜けでかわいいような気もする。「自分を従順に愛してくれる(保証のある)アレーを新しい妻にしたい」「今度こそ"自分の子ども“が欲しい」あれだけ頭の回るヘンリーが、自らの素直な欲求に突っ走った結果、アレーでも容易に想像がつく未来の可能性にすらたどり着けないというのは面白い。いや、辿り着きたくなかったのかもしれないな、とも思う。俺に息子はいない、俺は息子を失った、と言ったばかりのあの三兄弟を、"永久に"閉じ込めておけ(このアレーの要求が意味するのが、リチャードの言うように文字通りより奥深くの地下牢に永久に閉じ込めておけ、という意味なのか、ジェフリーが言うように"永久に"出られない牢=棺桶に閉じ込めておけ、という意味も含めているのかどちらなんだろうと毎回考える)と言われた時、お前は自分の子どもにそんなことができるのか、と戸惑う。お前には子どもがいない、自分の子どもにお前はもう二度と太陽を見られないのだと言えるか、と訊く。そして「やれるの?あなたは」と返され、それしか道はない、と地下牢に向かうも結局はリチャードに向けた剣は空を切り、そのままそこに閉じ込めるどころか3人を外へ逃してしまう。

誰もあなたができるとは思っていなかったとエレノアが言うように、ヘンリーはきっと自分が思っているよりはずっと、愛も情も持ってしまう人間なんだろうな、と思う。アレーだけではなく、3人の息子達のことも、エレノアのことも恐らく手放せない。

ジョンに裏切られたと知った時、エレノアが自分の父の女でもあったと知った時、アレーに息子達を幽閉しろと迫られた時。ヘンリーが分かりやすく揺らぐのは、結局そこに愛があるからだ。愛する息子に愛されていなかったと知った時に揺らぐ。愛していた女が実は別の男を愛していたと知った時に揺らぐ。息子達を自分の手で永久に閉じ込めねばならないと悟った時、そしていざ剣を息子に向けた時、揺らぐ。「俺に息子はいない」「息子を失った」と言いながらも、ヘンリーは息子を殺せない。こんなことするつもりじゃなかった、俺達には子ども達しかないんだ、と弱々しく呟くヘンリーは、散々身勝手に振り回してきた息子達へ父親として許しを乞うているようにも見えるし、その言葉は不器用な愛の告白にも聞こえる。息子達に吐いた二度と帰ってくるな、の言葉は「生きていてくれ」なのだろうし、エレノアをいつまでも苛めたいのは「二人がいつまでも死ななければいいと思ってる」からだろう。彼は誰のことも手放せない。

結局ヘンリーは皆のことを愛している、なんて言ったらヘンリーにもエレノアにも何とも言えない顔で笑われそうだけれど、でも、案外若く真っ直ぐなアレーの解が一番シンプルで、一番正しかったりするんじゃないだろうかとも思う。一番ややこしくて複雑なヘンリーが、複雑なものより単純で美しいものを愛する、と言うのなら、やっぱり最後に行き着く先は単純なものでいいんじゃないだろうか。ヘンリーは、結局あの家族のことを愛さずにはいられないのだ。

 

 

アレー👸

ヘンリーの話をしたらアレーの話をしたくなる。書きながらリレーみたいだなと思う。

一番の持たざる人。ジョンと同じく、与えられたものしか持てない人。そのうえ、権力争いの参加券すら彼女は持っていない(ジョンは一応持ってはいる)。ヘンリーが冒頭で彼女に言うように、基本的にはヘンリー以外には大きな意味をもたらさない人物、それが愛妾アレー。子どもの頃から人質として異国に預けられ、ヘンリーに気に入られるしか恐らく生き抜く道がなかっただろうアレー。そして結果ヘンリーの愛を得た彼女にとって唯一自分を守れる盾はその愛だけである。心理的にも立場的にも、頼みの綱はヘンリーだけ。ただ、その唯一の拠り所であるヘンリーがあの全く腹の読めない曲者具合なので、彼女の心はきっと預けられてからずっといつも不安定だったのだろうな、と思う。恋愛関係ならまだしも、父親代わりも兼ねる男が愛を出したり隠したりして意図的に自分を振り回すのだから、人間不信になってもおかしくない。それなのに、ヘンリーを愛し続け、その一方で譲らない部分は譲らない、とある部分では意志を強く持つ人間に育っているのだから、アレーはすごいなと思う。

ヘンリーにとってはエレノアを苦しめるための便利な道具でもあり、唯一自分に絶対の愛情と服従を誓ってくれる従順で可愛い女。エレノアにとってはヘンリーを負かすための手段として使える女であり、リチャードにとっても自分が王位に就くために必要な駒でもある。基本的には、あの家族達はジョン同様アレーのことも舐めている。彼女が動くことで自分達に大きな影響を及ぼすことはないだろうと、恐らく全員高を括っている。

けれど、何をしでかすか分かりませんよー!!と下手にスタスタ去っていく(ここのアレーめちゃくちゃ可愛いくて好き)アレーは、自分の非力さを嘆いてヘンリーに可愛がられるだけの立場に甘んじたりはしない。従順にニコニコするよう育てられても何でもハイハイと受け入れる女ではない。そこがすごく好きだ。じゃんけんのようなパワーバランス、と上でも書いたけれど、ジョンと同じく力のないアレーも、ヘンリーに対しては恐らくあの中の誰より真っ直ぐにぶつかっていける力を持っている。そして、その心を動かすだけの度胸と覚悟を持っている。だからこそ、あなたがあの息子達を閉じ込めないと言うのなら、私はあなたの妻にはならないしあなたの子どもは産まない、とはっきりとヘンリーに突きつけられる。

ヘンリーがリチャードに剣を向けた時も、彼女は目を逸らさない。上手ではジョン、ジェフリーの順であの二人から目を背けるが、上に立つアレーはしっかりと見届けようとする(まああの二人はその後自分の番が待ってるからアレーとは立場が違うのだけれど)。それは、あの時点で自分がヘンリーにそう要求した責任を背負う覚悟があるからだろうな、と思う。息子達を"永久に"閉じ込めろと要求した以上、ヘンリーが息子達を殺すのであれば、その責任は自分にあるのだという自覚を彼女は持っている。その肝の強さは恐らく、育ての母であるエレノア譲りなんだろうなと思う。その後の場面で、お前に奪われたのは俺の方だ、とエレノアに責任を押し付けるヘンリー、私が何かを失ったとすればそれは全て私の責任、傷付いたのだとすればそれはあなたが弱いからだと言うエレノア。エレノアは自分の失ったものにも、自分についた傷にも自分で責任を持ち墓場まで持っていく強さがある。それが"女の強さ"だとか言うのは何かいやなので、アレーの強さは、エレノアに近いところがあるな、と思う。まぁ、自分の愛するややこしい男とずっとやり合ってきた女なのだから、アレーにとってエレノアは一番の参考例でもあるのだろう。立場的には弱いけれど、自分が強くありたい部分の強さを譲らないアレー。私は彼女の強さと潔さがとても好きだ。

 

 

フィリップ🤴

アレーの弟ということで、お次はフィリップについて。

フランス王フィリップ、17歳(若い)。フィリップは結構、観る回によって印象が変わる。毎回結局この人は何を考えてるんだろう、と思う。ずっと変わらない印象としては、読めない人だなあというもので、ただ、初回こそ何というかいわゆる「食えない男」みたいな人かと思っていたのだけれど、何回か見るうちに、ああこの人は「"読みにくい人"をしてる人」なのかな、という風に思えてきた。フィリップは意図的に「何を考えているか分からない男」を演じているのではないか、と。まだ若い王であるフィリップにとって、ヘンリーは全くもって気を抜けない曲者だろう。その男の元へ出向くのだから、決して悟られてはいけない、父のようにこの男に、この国に絡め取られてはならない。フィリップは実は内心ハラハラドキドキなのかもしれないし、恐らくその腹の内にはイングランドやヘンリーへの恨みも抱えながら城に来ている。ただそれを絶対に悟られてはならない。もう自分は舐めてかかっていい「小僧」ではない、父親とは違うのだ、とヘンリーに、三兄弟に見せつける必要がある。だからこそあのにこやかで胡散臭い「読みにくい人」の仮面を被ってきているのではないだろうか。

とはいえ、実際頭の回転はめちゃくちゃ速い人なんだろうなとは思う。人狼ゲームとかすごい得意そう。長い目で見て計画を練って罠を張り巡らせる…というよりは、素早くその場の状況を捉えて、自分の有利になる条件を考えながら話を乗りこなす瞬発力のある人。というのも、(ジョン)、ジェフリー、リチャード、ヘンリーが順に部屋に訪ねてくるあの場面、フィリップはそれぞれ相手の話の意図を読み取ってとりあえず話を合わせて、全部並べて検討しながらそれぞれの話をそれぞれとしているわけで、しかもそれを背後で別の人が聞いているのを分かりながら話をしているわけで。話していい話、聞かせていい話、聞かせておきたい話、を全部考えながら手札をジャグリングしているようなもので、そりゃあまあ、めちゃくちゃ器用な人である。(そう、あの場面といえば、ジョンは最初からひっそり部屋にいたのか、それとも実は先に先客としてジョンを招き入れて同じようにあそこに隠したのか、ジェフリーの訪問から見せられる観客には分からないなと思う。ジョンにそんな素早い行動力があるのかは謎だけれど。ただ、ジョンが出てきたときフィリップは驚かないので、いることは知っていたような気もする。)

ただ、頭は回るし器用ではあるけれど「小僧」と言われれば怒っちゃうし、ポーカーフェイスはたまに崩れるし、ヘンリーには三兄弟と同様に振り回されているので、やっぱり17歳なんだなぁとは思う。それでも、自分の持ってる武器を使えるだけ使いながらイングランド王家の人間達と戦おうとする。賢く若い王だ。

そんな小僧でありながらフランス王であるフィリップを、もう一人「小僧」呼ばわりする男がリチャードである。ヘンリーの3人の息子達の中で最も優秀な男、軍人リチャード。そんなリチャードも、フィリップからすれば、当時15歳だった自分に屈辱を与えた男でしかないのだろう。そりゃあそうだろうな、と思う。当時はリチャードは24歳だろうか。15歳の少年が9歳上の男、しかも屈強な軍人であるリチャードに抵抗することは難しかっただろう。その上リチャードは、父がすっかり手懐けられた国の王子でもある。ただ、「小僧」であったフィリップはもしかしたら9歳上の強くて格好良いお兄さんとしてリチャードに憧れて狩を楽しんでいたりしたのかもしれないし、そうだとすれば尚更その男に「気付けば抱かれていた」ことはひどい裏切りにも思えたのかもしれない。そんな男に愛しているかと問われ「はい」と答えたのであれば、それは耐えがたい恥辱の記憶として彼に刻まれたのだろう。

ただ、同時に彼はリチャードの弱味を、弱さを知っている人間でもある。彼が愛に飢えていたこと、当時「ソドムの罪」として禁じられていたのだろう同性愛者であったこと、何より自分の愛を欲していること。表では誉れ高き軍人であるリチャードの根底にあるのは愛の欠乏で、その男がそれを埋めるように自分を愛し自分の愛を求めている。自分に執着している。それは彼にどれほどの優越感をもたらしたのだろうか。かつて「小僧」であった自分を辱めた男が、自分の愛を求めていることを知りながらそれを利用する。それはどんな気分だったのだろう。ヘンリーとの会話を盗み聞きしていたリチャードが「お前は俺を愛しているはずだ!」と部屋に入って来たとき、彼は何を思ったのだろうか。フィリップはリチャードが外で聞いていることも分かっていてあの手札を使ったんだろう。その後三兄弟が揃って父親に噛み付いているあの場面、フィリップは壁に寄りかかってその様子をずっと眺めている。さぞかし楽しいのだろう。酒のつまみに家族喧嘩を見ながら、読めない表情でその場に居続ける。リチャードが父に愛を乞う姿を見て、愉しそうに笑う。その時彼は、何を考えていたんだろうか。哀れな男だ、と思ったのだろうし、ざまぁみろとも思っただろう。結局この男の本質は愛に飢えた哀れで愚かな獅子なのだ、と知っていながらもまたそれを嗤ったのかもしれない。ただ、そこに何の情も愛も本当に「全然」なかったのかというと、それは分からないな、と思う。フィリップは読めない。読めない男としてそこに居る。彼の本心は分からない。彼がリチャードをどう思っていたのか、本当のところは分からない。

 

 

リチャード👓

黒のタートルネックにグレーのジャケット、神経質そうな眼鏡。ビジュアルが公開された時に最初に出た言葉は何を隠そう「インテリヤクザだ……………」だった。あまりに美しいインテリヤクザビジュアルだったので仕方がないと思う。すみません。その見た目の印象から読み取れば、知的、冷淡、感情を表に出さない、とかそんなキャラクターが想像される。

観に行く前、リチャードという人物がこの印象通りの人なのか、それともそうではないのか……と考えていたけれど、観に行った後はそのどちらでもあるな、というところに落ち着いた。あのビジュアルは、リチャードが自分だと思っている姿なのだろうし、そう見せたい、そうありたい姿と望む姿でもあるのだろうと思う。だから、そう見せられている時もある(序盤の三兄弟階段お話場面、エレノアに呼ばれた時の前半など)し、それが崩れてしまう時(主にエレノア、ヘンリー、フィリップの前)もある。後者が素だといえばそうではあるのだけれど、リチャードが「三兄弟の長男であり、広大な土地を持つ強い軍人であり、次期王位に一番近い優秀な男」として作って積み上げてきたリチャードもまたリチャードだと思うので、どちらも正だな、という結論に至った。とはいえエレノアが「お前には自分が全然わかってないのねぇ」というように、素のリチャードは「冷たくて感情に溺れない」人間などではないし、とにかくベースが素直なので謀略も駆け引きも向いてはいない。エレノアにもヘンリーにもフィリップにも、最終的には何だかんだいつも本音をぶちまけてしまう。なので、あんな気難しい顔をしながらも、三兄弟の中で一番分かりやすいのはリチャードなような気がする。多分ジョンよりわかりやすい。

そう、リチャードはなんというか、めちゃくちゃかわいいのである。母の愛を信じきれずツンツンし、でも酒を注げと言われれば何度でも注いでしまうし、でもじゃあ出て行けと言われても出て行けない。母に「見捨てないで」と縋られれば足を止めてしまう。結果エレノアの策にあっさりはまって「お母さん」と子どものように抱きつき、その後騙されたことに気付き悔しがる。あぁ、なんと素直なことか。あんな美しく残酷なインテリヤクザみたいな見た目をしながらも、中身はツンデレの素直な少年なので観客としては心が母にならざるを得ない。父ヘンリーに対してもそれは同じで、「父さん子っていますか」なんて喧嘩を売りながらも、本当は父さん子になりたかったのだと全身から滲み出ているし、その後、結局自分が一番求めていたのはあなたの愛だ、どうして自分ではなかったのか、なぜ自分では駄目だったのかと必死に問う姿はやっぱり小さな男の子のようだ。「その答えはエレノアがその人の元からあなたを連れて行ったからだよ、あなたのせいではないのだよ……その人のあなたのこと裏でベタ褒めするよ後で……」と横から囁いてあげたくなるがそんなことは観客には許されない。でもそんなことをしてあげたくなるぐらいには、リチャードはかわいいし観客を母にする才能がある。

あまりに可愛い可愛い言いすぎたので、少し理性を取り戻して真面目な話に戻るとする。リチャード本人がどう認識しているかは置いておいたとしても、少なくともエレノアの愛の矢印はリチャードに向いている。親二人がそう話すように、ジョンは父ヘンリーの作品で、リチャードは母エレノアの作品なのだ。ただ、ヘンリーのジョンへの愛はほぼ無条件でその上わかりやすいが、エレノアのリチャードへの愛はあらゆる策略や陰謀とセット、その上分かりにくいので、リチャードがその愛を信じられないのもしょうがない気がする。そして、リチャードが最も欲しているのは父ヘンリーの愛である。それは母からは与えられない。リチャードが求めるのは父ヘンリーから与えられる息子への愛でもあり、王ヘンリーから与えられる次期王位継承者としての承認でもある。軍人として成果をあげ、王の器たる男として申し分ない功績を積み上げてきたのは、もちろん王座に就くためではあるだろうけれど、やはり根本にあるのは息子として、次の王になる者として父に認めてもらいたいという気持ちなのだろう。父の存在=王であるならば、その父に認めてもらうには王にふさわしい資質を身につけなければならない。だから愛情の穴を埋めるようにひたすら戦い武功をあげる。

ジョンの部分で受容と承認、受容の愛はあっても承認の愛を得られなかったのがジョンなのではないか、というような話をしたけれど、受容の愛をどちらの親からも上手く受け取れず、承認の愛をひたすら求めてきたのがリチャードなのではないか、と思う。承認欲求の先は親以外にも向けることができる。親以外からの承認を沢山得れば、その欲は一旦は満たされる。優秀な軍人であるリチャードは恐らく多くの人間に慕われてきたのだろうし、その功績によってついた自信もあるだろう。もし、戦場で戦うリチャードの物語があったならば、完全無欠の無敵の軍人として、それこそ「冷たく、感情に溺れない」人間として描かれたのかもしれない。父ヘンリーがそう認めるように「強く勇敢でハンサム」なリチャードは、きっと格好良い主人公として活躍するのだろう。けれど、それはあくまでも外向きの、外側の話である。この作品は家族の話で、内側の話で、取り繕えない、自分の中の子どもの部分の話なので、リチャードの冷静の仮面はあんなにも脆く、壊れやすい。

リチャードのハイネックもかっちりしたジャケットも眼鏡も、まるで自分を隠すための装備みたいだな、と思う。本当の自分を覗かれないために首元まで隠し、感情の表れる目元を覆う。リチャードは動揺すると眼鏡をクイッと上げたり、ジャッケットを羽織り直したりする。

とある人物が登場した瞬間、リチャードは動揺を隠すように眼鏡を押さえる。両親の他に彼の心を揺るがすもう一人の男、フィリップである。2回目以降は正直見てしまうと思う。フィリップが同じ空間にいるときのリチャードを観察してしまう。リチャードはフィリップを愛している。それが一目惚れなのか何なのかは語られないけれど、2年前、当時15歳だったフィリップをリチャードは抱いたとフィリップは話す。そして「お前は俺を愛するか」と問われ、「はい」と偽りの答えを返した、と。

素直なリチャードのことだから、フィリップのその「はい」を信じたのだろうな、と思う。もしくは、信じられなくて何度も尋ねたのかもしれない。親の愛を疑って疑って信じてこれなかった、受け取ることのできなかったリチャードが初めて受け取れたと思った愛だったのかもしれない。なのに、フィリップは結婚した。だから手紙は返事をくれないだろうと思って書かなかった、と。僕が求めるものをくれる代わりにあなたは何を求める?と問うフィリップは、リチャードが何を求めているのかなんて最初からわかっていたのだろう。分かりながらも「それから?」と間髪入れずにリチャードに問い続けるフィリップは、リチャードで遊んでいるようにも見える。

この二年間地獄にいた、と言うフィリップに「俺はそこで君を見かけなかった」と返すリチャード。リチャードは一体いつから地獄にいたんだろうか、と思う。ようやく自分を愛してくれる人を見つけた、と思っていたのに、その人を奪われたと知った時からなのか。それとも、もうずっと彼は地獄を生きてきたのかもしれない。母の愛を信じられず、父からは愛されず、恐らく恋愛としての愛も誰かから受け取れたことがなかったのだろうリチャードは、ずっと孤独だったのだろうな、と思う。それでようやく「見つけた」のがフィリップで、彼の愛だけは自分に向いていると信じていた。けれどフィリップは結婚してしまった。それでも、多分リチャードは、彼の愛を信じていたのだろう。少なくとも愛があった、と信じていた。けれど、自分の最も愛して欲しかった父親の前で、自分を愛してくれていたと信じていたフィリップが、その愛は偽りだった、それは屈辱だったがこの時のためにそうしたのだ、と言う。「お前は俺を愛しているはずだ!」と詰め寄るリチャードに、フィリップは「全っ然」と吐き捨て横を通り過ぎる。今まで信じていた愛の分、それは何重にもリチャードを傷付けたのだろうな、と思う。

………………正直もう、この辺り「あぁぁぁあリチャード………」となりすぎて母は見てられない。心の中のリチャードの母の情緒が暴れる。誰か一人ぐらいリチャードが信じられる愛を与えてくれたっていいじゃないか……一人ぐらい…………。……いけない、せっかく真面目に書いていたのに急に母の自我が混ざってしまった。だってあまりにも、リチャード、信じた愛を裏切られてすぎていてつらいじゃないか………。信じられなくて、それでも信じてみて、裏切られて、をきっと母に繰り返されてきた人なのだろうから、きっとフィリップの愛だって信じ切れてはいなかったのだろうなと思う。それでも信じてはいたし、信じたかったのだろうなと思う。けれどまた結局、それも偽りだった。

リチャードは恐らく、愛されてはいるのだ。母エレノアからも、恐らく出さないだけで父ヘンリーからも。リチャードを最高だと認めるヘンリーが彼に王位を継がせたくないのも、彼を表立って愛を向けないのも、恐らく彼がエレノアの作品であることが悔しいからだ。本当はどこかで彼を誇りに思ってもいるのだろうし、その才能を十分認めてもいる。でもその優秀なリチャードの作り手が宿敵エレノアであり、自分ではないことが悔しくてたまらない。きっとリチャードが父に認められようと才を磨けば磨くほど、戦に勝てば勝つほど、リチャードはその優秀さもすべてエレノア産である事実がリチャードをヘンリーの心から遠ざける。「あれはエレノアのものだ」と。だから、認められようと、愛されようと願う心も、そのために積み重ねる努力も、結局は報われないのだ。

分かりにくくはあるけれど、リチャードは母の愛も貰っているし、確実に明かしてはもらえないけれど、父の愛もそこにはある。もしかしたら、フィリップだって愛を持ってしまった瞬間があったかもしれない。リチャードは何だかんだで愛されている。けれど、仮にそこに愛があったとしても、それを信じられなければ、認識できなければ、結局ないのと同じなんだろう。彼は常に愛を欲しているし、きっとこの先もしそれを与えられたとしても、信じられずに飢え続けるのだろうし、それを埋めるように戦いに生きるのだろうな、と思う。

 

 

エレノア👑

エレノア。ヘンリー並かそれ以上の曲者である。ヘンリーの部分で書いたけれど、私はやはり彼女のことも分からない。ひょっとするとヘンリーよりもずっと分からないかもしれない。あの城の中で一番頭が良いのはヘンリーかもしれないが、あの城の中で一番手強く恐ろしいのはどう考えてもエレノアだと思う。本当にわからない。なのでまた、分からないまま彼女のことを考えてみる。

エレノアは、親としてはヘンリーよりもかなり毒が強い。あんな母親の元で育ったら基本間違いなく人間不信になる。アレー含め、彼女の愛情を信じられる子どもなどいないだろう。人の企みや目的を把握して上手く操ってその糸を自分の思い通りに動かしていくのがヘンリーだとすれば、エレノアが探り操るのはその人のもっと内側の部分だ。彼女は人がここを突けば揺らぐという部分を的確に読み取る。リチャードであれば親の愛を求めて得られず空いた空洞を、アレーであれば頼みの綱ヘンリーの狡さを、ヘンリーであれば唯一の作品である愛する息子のジョンを。実際勝負にそれを使うかどうか、そして結果その勝負に勝つかどうかは置いておいたとして、相手のどこを突けばその人が揺らいで崩れるのかを彼女はよく知っている。恐ろしいほどによく人を見ているのだろうなと思う。……なんというか、本当にタチが悪い。いや、こう書いてみるとエレノア、本当にタチが悪い。これが対ヘンリーだけの話ならまだしも、息子達にもアレーにも容赦なくこれを仕掛けるのだから、母親としては最低である。いや、エレノアという人のことは嫌いではないのだけれど、何なら結構好きなのだけれど、あらためてこう書いてみると、本当にあの城でダントツ一番厄介な人だな、と思う。

ただ、人の心理をそれだけ読み取れる、ということは、それだけ自分の中身もよく見ているということなんだろう。私は私という人間をよく分かっている、とリチャードに語るように、恐らくエレノアは自分から目を背けることをしない。常に自分という人間を他人と同じぐらい見据えている。鏡は嘘をついてくれないから見ないようにしている、と言いながらも、部屋で一人になった夜、あの暗闇の中で自分を正面から覗くだけの強さがあの人にはあるのだ。自分の欲も過去の傷も弱みも恨みも嫉妬も全て見つめてじっくり煮込んでその毒を相手に手渡すような人。策で負けて悔しがることはあっても、エレノアが痛いところ突かれて負けるような場面はそういえばないような気がする。「お前を自由にしてやる」と言われ泣き崩れた時にも、ちゃっかり結婚式をすぐ挙げろと返せるぐらいの余裕を用意している。ヘンリーは時々動揺する姿を見せるけれど、エレノアが芝居でなく誰かに弱点を突かれて揺らがされる姿は見ない。彼女は自分の弱点など、自分の真に欲しているものなど、他人に言われずともとうに知っているのかもしれない。

ただ、だからと言って彼女の感情が揺れないだとか、隙がないだとか強いだとか、そういうわけでもないのがまたエレノアの狡いところだなぁと思う。エレノアはまったくもってポーカーフェイスではない。自分の感情を隠そうとはしない(どちらかというとその感情さえ利用して勢いに乗せて戦っていたりもしそうである)し、元々感情豊かな人なのだろう。ただ、そのほとんどに自覚があるから、他人には揺らされないだけなのだろうな、と思う。彼女も傷付いているし、突けば痛い場所はあるし、弱いエレノアもちゃんといる。

エレノアは、嘘も全てが本当なような気がする。自分の本音さえも嘘に利用できるだけで、彼女が感情を散らしている瞬間のそれは、全部本物のように聞こえる。矛盾だらけの本当と本当と本当と本当が彼女の中に存在していて、彼女が外に出しているものは、全て彼女の真実であるような気がしてしまうのだ。アレーを抱きしめている瞬間もリチャードを抱きしめている瞬間も、そこに愛は本当にあるのだろう。ただ、そこに愛のあるエレノアと、策に巻き込むエレノアが当たり前に共存しているのだ。ヘンリーの嘘は嘘だとわかるものもあるけれど、エレノアから出る感情も言葉も、全て彼女の本当のように思えてしまう。彼女はその自分の本当を全て知っていて、けれどどれも本当すぎて、どれが本当なのかが分からなくなっているようにも見える。ただ、その全ての本当を自分の手札にして、瞬時に自分の中のちょうどいい本当を出したり引いたりしてくる。だからこそ恐ろしいのだ。

ただ、恐ろしい魔女みたいな人か、と言うとそういう印象はない。彼女はものすごく人間である。一度着火すると時にびっくりするぐらいの勢いで戦を仕掛けては相手を振り回すけれど、暗闇の中、一人部屋で話すエレノアは、年老いた一人の女性に見える。あれが素だ、とは思わないけれど、火の消えたエレノアもまた本当のエレノアで、ヘンリー同様、エレノアも戦う相手がいなければその火を保っていられないし、生きてもいけないのだろう。お酒を一口飲んだ後、「はぁ………」と揃ってため息をつく夫婦二人が私はすごく好きなのだけれど、ああやってクタクタになりながらも、お互いにお互いの火を点けながら死ぬまで生きていくのがあの二人の生き方なんだろうな、と思う。最後エレノアが「もう死にたい」と言った時、ヘンリーは珍しく本気で心配しているように見える。ヘンリーは、エレノアに弱ってもらっては困るのだ。悪口を言ったらちゃんと聞いてくれないと調子が狂う。ヘンリーの着火剤はエレノアで、エレノアの着火剤はヘンリーで、あの二人は互いに互いを燃やしながら生かし合っている。最後、お互いにもたれかかりながら暗闇に消えていくあの夫婦は、熟年のおしどり老夫婦のようにも見える。この先もきっと凝りもせずこの夫婦も家族も戦い続けるのだろうけれど、あぁ、それがこの人たちなんだなぁ、と思う。と考えるとやっぱり、この話は(少なくともこの二人にとっては)ハッピーエンドなのかもしれない。

 

 

ジェフリー

次男ジェフリー。今上に名前を書いていて思ったのだけど、ジョンは犬、リチャードは眼鏡、簡単に絵文字が思い付いたのに、ジェフリーに当てはまる絵文字が思いつかない。ジョンの犬はジョン!だしあの家族にとってのペットだな、という印象で選んだし、リチャードの眼鏡はもちろんビジュアルもあるし、あの眼鏡で素顔を隠すリチャードらしさも出るし…と割と二人ともポンとぴったりの絵文字が浮かんだ。それで、まずは見た目から、と思いジェフリーの衣装を思い浮かべたが、全身真っ黒のスーツに白のネクタイ。よく言えばスマートでそつがない印象、悪く言えば、そう、これといった特徴がなく、見た目としてはあまり印象に残らない。なんというか、ジェフリーには「印」みたいなものがないのだ。それは、あの家族にとってのジェフリーが真っ黒の、影で動く黒子のような存在だからなのかもしれないな、と思う。エレノアはリチャードが部屋に入ってきた時にはドアが開いたら気付くのに、ジェフリーが入ってきた時にはそちらを向くまでは気付かない。それまでジェフリーは暗闇の中無表情で立っている。声を上げなければ誰にも見てもらえない、気付いてもらえない。ジェフリーはずっと影のように生きてきたんだろう。名前を呼ばれない存在、父にも母にも「作品」として認識してもらえない存在。リチャードに対してもジョンに対しても「そう育てたのは自分(たち)」だという認識をあの親達は持っているのに、ジェフリーに対してはまるで他人事だ。彼を機械的で人工物のようだと好き勝手に語るあの二人は、自分たちがその原因を作った作者であるという自覚が恐ろしいほどにない。

ジェフリーは、三兄弟の中では間違いなく一番頭が回る。お互いに何を知り合っているかということをジェフリーは知っているし、その上で自分がどう動けば相手が何を思いどう動くのかを全て頭の中で組み立てて動いている。「〜なことを私は知っているし、私が知っていることをあなたは知っている、ということも私は知っている」のくだりなんてヘンリーそっくりだし、誰かの思惑を把握する力も、瞬時にどう動くべきか考えられる頭の回転の速さも、どう考えてもヘンリー譲りである。ヘンリーのみならず、あの両親の頭脳を一番継いでいるのは間違いなくジェフリーだろう。

けれど、それは何も彼にもたらさない。両親がそれを何とも思っていないからだ。彼らはジェフリーを見ない。何をしても、何ができても、そこに意味はない。幼い頃からずっとそうだったのだろう。長男という条件で父に愛されたヘンリー、優秀な軍人であり母にも愛されるリチャード、何もできないけれど父に溺愛されるジョン。そんな兄と弟に挟まれて育ってきたのであれば、何ができるから愛されるわけでもなく、何ができないから愛されないわけでもなく、ただただ自分の存在そのものが無条件に愛されないのだ、というところに行き着くしかない。乳母に自分の手が父に似ていると言われた記憶をずっと大事に持っているぐらいには、彼は自分が両親の子であるという証のようなものをずっと感じてこれなかったのだろうし、そう感じられるような愛情も関心も1ミリも与えられてこなかったのだろう。彼の存在は、両親に見えていないからだ。

ジェフリーはあまりにも空っぽだ。ジョンやリチャードなど比べ物にならないぐらいに何もない。穴が空いている、何かが欠けているというより、ジェフリーにはそもそも彼の中を埋めるものがないような気がする。穴が空いている、欠けている、というのは何かがあることが前提で、その一部が欠落しているという状態を指すけれど、そもそもジェフリーにその「何か」などあるだろうか。

3歳の誕生日の記憶をずっと覚えている、と母に話すジェフリー。誰が誰に何をしたかそれがどんな感じだったのか。全てを覚えていると語るジェフリーは、物心ついた時から両親から「何かをされた」という記憶がないのだろう、と思う。彼の頭には無数の「何かをされなかった」記憶ばかりが詰まっている、記憶ある限り最も古い自分の誕生日の記憶でさえもきっと。祝ってくれない。優しくしてくれない。見てくれない。笑いかけてくれない。褒めてくれない。怒ってくれない。期待してくれない。話しかけてくれない。名前を呼んでもらえない。子どもの頃からの「何もされなかった」記憶だけがジェフリーの心に蓄積されている。

母に愛され、母を愛した記憶を必死で消そうとするリチャードと、愛されなかった記憶を鮮明に覚えているジェフリー。同じように母の部屋を訪ねる場面で、なんと残酷な対比をさせるのだろうかと思った。「覚えているでしょう?」と母に手を掴まれ、母に愛し愛された記憶をいやでも思い出してしまうリチャードと、一人愛されなかった記憶をつらつらと語り、その冷ややかな無関心の理由を真剣に訊いても母にかわされるジェフリー。「息子達の誰のことも愛していなかった」だなんて、ジェフリーが一番返されたくないだろう見えすいた嘘で逃げられる。両親が彼のことを見なかったのは、その視線の先にいつでもジェフリー以外の子どもがいたからだ。常にその視線の横に置かれたジェフリー、その先を誰よりも見ていたはずのジェフリーに、エレノアは何とまぁ適当な答えを返すのだろうか。あなたの欲しがっている単純な答えを私は持っていない、とさらりと突き放すエレノアは恐ろしいほどに残酷だ。

フィリップを順番に訪ねた三兄弟が、最終的にそれぞれ父親に叫んでいくあの夜の場面、リチャードは父に「何故愛してくれなかったのか、何故俺では駄目だったのか」と問い、ジョンは「全てジョンのためだったって言うの?じゃあいつくれるの?いつまで待てばいい?」と問う。リチャードは愛を乞い、ジョンは愛の証拠を求めている。じゃあジェフリーは何を求めていたんだろう、と考えると、彼が言っていたのはただ「私がいますよ」ということだけだったんじゃないだろうか、と思う。ただ、存在を認識してくれることだけを求めていた。「僕を愛して」と「僕を見て」は同じようで、ものすごく距離のある要求のような気がする。愛の反対は無関心、なんて言葉があるけれど、まさにその無関心の究極の場所に置かれたのがジェフリーなんだろう。愛情どころか自分がそこにいるという認識さえも持ってもらえず、ないものとして、取るに足らない存在として、背景のように扱われてきた。

ジェフリーは感情のない、というよりは全感情を黒いマーカーで塗り潰したみたいな喋り方をするな、と思う。何度も愛を求め、関心を求め、その要求を、その存在ごと当たり前のように無視され続けてきたジェフリーは、リチャードのように感情のままに喚いたり(ジェフリーの「喚くのが好きなんじゃないかな」は喚くことで何か変えられてきた立場にいるリチャードへのものすごい皮肉だなと思う)、ジョンのようにいじけたり飛び跳ねたりもしない。しない、というよりできないのだろう。どんな感情を表しても状況は変わらないし、見てすらもらえないのだと彼は知ってしまっている。けれど、それでも彼の感情はなくなったわけではなく、なくせるわけもない。彼はロボットでも機械でもなく人間としてしか生きられないのだから。どれだけの無関心を浴びても、どれだけ親に幻滅し現実に絶望しても、それでも両親を完全に諦めることもできないのが哀しい。ジェフリーは何度もその存在を主張する。「私が残りましたよ」「私はここにいますよ」ジェフリーは父にも母にもただ自分が「そこにいる」ことだけを伝える。条件付きで愛されて(ヘンリー、リチャード)、無条件でも愛された(ジョン)兄弟達の中で、無条件に愛されなかったジェフリーは、他の兄弟達が裏切った、その場からいなくなった時にしかその存在を主張できない。自分が何かをすることや何かをしないことで愛されることはないのだから、愛の矢印の先にいた兄弟達が消えた時に叫ぶしかない。

……………何というか、もう、ここまで書いてみて、どうしてこうもジェフリーにだけ1ミクロンも救いがないのだろうか、と辛くなってくる。書いても書いても救いがない。書き終われないじゃないか。全登場人物達の愛のループに、愛のじゃんけんに、ジェフリーだけが入れてもらえない。初回こそ賢いジェフリーが全身で叫んでる姿は可笑しくも思えたが、見れば見るほど笑えなくなってしまう。my楽なんて周りの笑い声に「何笑ってんだ笑い事じゃねぇんだ……」とか内心一人怒り出す情緒不安定な観客になってしまったじゃないか。何なんだ、作者。あまりに救いがないじゃないか。何なんだ。唯一ジェフリーを求めているしなんだかんだ好いているのはジョンだと思うので、もうエピローグとしてあの二人が仲良くわちゃわちゃしてる様子とか付け足してくれないと困る。そこにちょっと嫉妬するリチャードとかがいてもいい。実は気の合うフィリップとジェフリーの友情外伝とかでもいい。史実とかもうどうでもいいので頼む、ジェフリーに幸せをあげてくれ。別に王様にならなくてもいいんだ、彼を見てくれる人をどうかエピローグに登場させてください。もしくは来世でたっぷり溺愛されてください。私は愛してるよジェフリー。ともうふざけた感想で締めさせてください。やってられるか。愛してるよジェフリー!!私がここにいるよ!!!!!!!!!!!!

 

 

以上、7人分の人間観察と想像と個人的な彼らへの解釈を詰め込みたいだけ詰め込んでみた。

詰め込んでみたら………とんでもないボリュームになった。最初に書き始めたジョンぐらいのボリュームで7人書こうと思っていたのに、何故かどんどん書き足したいことが増え、その欲求のままに文字を連ねていたらものすごい量になってしまった。一人一人について考えていたらぐねんぐねん思考が止まらなくなってしまって気づいたらこんなことに。いや、書いているとものすごく長く感じるけど読んでみるとそうでもなかったりするのだろうか。いや長いよな。どうせ長いのでもう少しだけ付け足してみる。

 

いつもこうやって観劇後に何かしらの文章を書いている時、書いている時間は孤独で、いや孤独とか言うとなんか響きが良すぎるので違う言葉が欲しいのだけれど、果たしてこの感想は書き終わるのだろうかとか、そもそも彼らは本当にこんなこと言ったりやったりしてたんだろうか、私の見た幻覚なんじゃないだろうかとか、そもそもなんで私はこれを書いているんだっけとか、こんな長いものを読む人がいるんだろうかとか、いやまあ読んでもらうために書いているわけでもないか…いやでもここまで書いたのに一人も受け取ってくれる人がいないのはすこし悲しい気もするな……とか、いやでも書きたいから書いてるんでしょう私は……とか色んなことを書きながら思ったりする。Twitterに感想をぽんぽん投げるのとは大分感覚が違って(それもすごく好きだけれど)、深海に潜り込んで一人で奥まで進んでいくような、そこで作品の中の世界にまた頭を突っ込んでいるような、そんな気分になる。私はそれがすごく好きだし、複数回観た作品であれば、そうやって一旦持ち帰ってまたその世界に、登場人物達に出会い直すことでまた違う宝物を発見できたりもする。その後にまた観る機会がある場合であれば、これまでと全然違う視点で観れたりもする。その積み重ねの作業が私はすごく好きだ。

最初にも書いたけれど、冬のライオンは人の話であり、人と人の話だと私は受け取ったので、潜った時に見えるのは7人それぞれから見える世界でもあるし、私が彼らを考えた時に私から見えた世界でもある。すごく人間らしいあの7人が、何を考えて何を感じて生きてきたのか、そしてそれぞれに対して何を思っているのか、想像することで、楽しみ方が永遠に増えていくのがものすごく楽しかった。実は最初は1回しか観る予定はなかったのだけれど、気付いたら追っていた。複数回観ることで7人のことをどんどん知れるような、と思ったらどんどん分からなくなっていくような感覚が面白かった。あの7人に会いにいくつもりで劇場に向かっていた。この文章は書き上げた今の時点で一旦固まってしまうけれど、きっとまたもう一回観たのであれば彼らの印象もコロコロ変わって「ここは違う気がする」とか永遠に書き換えたくなってしまうだろうな、と思う。

ここまで私が7人に夢中になって、ぐねんぐねん考えて考えて考察して想像して彼らにあてはまる色んな言葉を引っ張り出してきては、いや何か違うと打ち消したりまた組み替えたりしながら、その結果こんなボリュームになるまで書いてしまったのは、7人が7人ともめちゃくちゃ面白かったからである。いくらでも考えたくなってしまう7人だった。それはもちろん、7人の役者さん達が素晴らしいお芝居を見せてくださったからなのだけれど、私は基本役を見ている時は役者さんの素晴らしさを考えられない人間なので、素敵なお芝居だった〜とかここのこの人が上手かった〜とかを本当に考えられない(しあまり考えたくない)ので、とにかく素敵な7人をありがとうございました、の気持ちでいっぱいです。役のことだけをぐねんぐねん考えさせてくれてありがとうございます。皆様が役120%でそこにいてくださったおかげで、めちゃくちゃグツグツ煮込みながら考えられました。大満足です。

 

さて、でもやっぱり最後は役に向けて!

ヘンリー、アレー、リチャード、フィリップ、ジェフリー、ジョン、エレノア、ありがとうございました!!!!!

お次は千秋楽!みんな最後まで思う存分愛を求めてぶつけて愛で殴って叫んできてね!!!!!愛してるよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!